Little AngelPretty devil
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “夏の月”
 



この夏もなかなかに猛烈な暑さに襲われており、
一般の平民には苛酷な日々が続いたが、
それもそろそろ盛りを過ぎたか、
陽が落ちるとずんと過ごしやすい頃合いとなった。
一般の…という言いようになったのは、
彼らが、陽のあるうちにこそ働き、活動する人々だからで。
役人や官職にある人物は別として、
権門や殿上人、いわゆる貴族の公達は、
どちらかといや陽が落ちてからこそ活発になるため、

 “昼間の苛酷な炎天なんぞ、ロクに知りもしなかろな。”

金ならあるのだと、
要りようなものは人に作らせるし、身の回りの世話も人任せ。
ついでに、安くはない薪や油もふんだんに使えるのでと、
夜中に真昼を仕立てられもする贅沢っぷりだが、
それを非難するには当たらない。
そういう奴輩がいればこそ、
必要とされる職人もあれば人手もあるのだと思えば、
怠け者も多少は世のため人のためになっているのかも?

 “妙な理屈には違いないがの。”

問題は心根で。
どうでもいい相手へ心を込めて尽くすのは難しい。
あまりに邪険だったり、若しくは当然顔でいると、
手を抜いた品しか回してもらえぬし、
結果、良いものと粗悪品の見分けも出来ぬ馬鹿しか育たぬ。
そんな中、天変地異や下克上でも勃発し、
朝廷が大きく代替わりでもして、その地位を追われたが最後。

 “何にも出来ぬ不器用者で、
  しかも感謝じゃ礼じゃを知らなんだ世間知らずな連中は、
  あっと言う間に存在ごと滅びかねぬがな。”

人と人との織り成す、そういった微妙な錯綜や愛憎なぞ知りもせず。
たとえ、その余波で焼かれようが荒らされようが、
何十年もかけて元通りに根を張り、森を復元し、
人が去ったことさえ覆い隠してしまう逞しさを持つ自然の、
小賢しい知恵の割り込まない力の物凄さよ。
人の手になる侵食なんて、所詮は ほんの小さな抗いサと、

 “刈っても刈っても生えてくる雑草に、
  そうまで感じ入るセナちびも大した奴ではあるがな。”

  ……ははあ、そうなんですか。(苦笑)

別段、世の無情だの神妙に考えていた訳じゃあない。
陽の落ちたあとの風は、
まだどこか蒸し暑い宵の中を、仄かな涼しさまとって泳ぎ渡り。
幼子や家人らもそれぞれで徐々に寝付く頃合いの中、
民草からは贅沢にあたろう灯火を灯し、
青い月光に濡れそぼる庭なぞ見やりつつ、
静かな夜陰の到来を何をするでなく待っていたのだが。

 『………。』

何かを感じた訳じゃあない。
むしろ、何の妖かしの気配もない安寧な夜であり。
強いて言や、退屈だったというか、
手持ち無沙汰だったというか。
見上げた空には三日月が浮かんでいて、
望月ではないにしちゃあ、結構な明るさ。
それへ誘われた…というのは、
油断も隙もない、怜悧で用心深いこの彼には、
少々不似合いな理由になりそうだったが。

 「………。」

一応は官位もそれなりという身分ある人物にしては、
不用心にして大胆なこと。
供も連れもないまま、家人に気づかせもしないまま、
あばら家屋敷を取り囲む塀も堀も、
ついでに結界も通り抜けると。
時折 陽のあるうちに運ぶことのある泉まで、
のんびりとした歩調で歩き出していた。
こんな時間帯に往来をゆくのは、
どんな立場のものであれ、
数多の人目に触れたくはない者か、居場所のない存在と相場が決まっている。
音無しの暮らしを強いられている没落者や、
どこかの屋敷へ押し込むつもりの一団から、日輪の強さには敵わぬ陰体まで。
いずれも穏やかならぬ相手ばかりだが、
そういった連中を今更恐れる彼じゃあなかったし、
場末の屋敷からのお出掛けは、
それが昼日中でも夜中でも、滅多に誰かとすれ違うことはなく。
今宵の思いつきからの散策も、
雲一つない淡藍の夜空から降りしきる月光に、
青く染まった彼自身を恐れる者はあったかも知れぬが、
彼の視野の中へと飛び出してくるような相手はいないまま。
夜風に揺れる草の囁き、林の木立の木の葉擦れの音が、
どこか素っ気なく届くばかりでもあって。

 「………。」

独りなのを寂しいと思うのは、ずっと昔にとうに飽きた。
天涯孤独な身から始まり、
必死にならずとも命をつなげるような蓄えが、
金品という意味でも立場や人脈という意味でも出来て。
それからほんのしばらくほど、
虚無感とかいうものを感じないでもなかったけれど。
当時の都のあちこちにざわざわと蠢いていた、
物怪だ何だに注意が向いて、
そのまま すぐにも忙しい身となったので、
そういや身のうちを掻きむしりたくなるような寂寥とやらは、
春先に時々訪れるだけとなっていて。
そっちの“原因”に ようよう巡り会えて以降は、
そんな気分が起きそうになっても、
チリッとなのかイラッとなのかも判然としないうち、
誰かさんの気配がすぐ傍らに感じられ、
その温かさが余計な気鬱なぞ打ち払ってくれていて。

 「……。」

辿り着いたは小さな泉。
特にどこぞかへ所有者がいるでなし、
強いて言や自分の所領にあるのだ、彼のものでもあろう沸き水で。
とはいえ、誰ぞかへ手入れなぞ命じてもないので、
周辺には草も茂り、なんとなく鬱蒼とした場でもあり。
場末のまだ先という場所柄もあってのこと、
よほどの酔狂が通りすがらぬ限り、
野生の獣や虫たちの水飲み場がせいぜいな存在ではあったが。
そんな泉の表へと、夜陰と一緒に映り込んでいた三日月が、
風もないのにゆらりと揺れて。
やがては静かに広がる輪紋に掻き混ぜられ、
ただの光と化してゆき、

 「…………あ? 何でこんなトコに?」

そんな輪紋の下から、水しぶきを上げるでもなくのそりゃあ静かに、
その身を外へと現した者があり。
何かしらの術を使っての移動の末なのか、
その身のどこも濡れてもないまんま、
彼の立つ真ん中あたりから さして距離もない畔まで、
ひょいとひとまたぎで近づいて来た相手こそ、

 「そっちこそ、何してやがったかな。」

今日の一日 姿を見せなんだ、蟲妖は蜥蜴の惣領へ、
ちょいと目許を眇め、質問返しを浴びせれば。
つややかな黒い髪をいただく精悍なお顔の表情を止め、

 「……………。」

まずは訊かれた文言を飲み込み、
それを頭の中で噛み砕き、
胸の裡(うち)にて意味合いを…察してのことだろう、

 「いやあの…。」

何で不機嫌なんだろこいつと、
そこが判らないので。
頬骨あたりを指先で掻きつつ、
あーとかうーとか言葉に迷っておれば、

 「………っ

だから野暮天だというのだ、お前はよという、
意味だか意趣だかの籠もった蹴りが繰り出されての、さて。

 「涼しいうちに寝ておけよ。」

よくも術が途切れなかった、
泉へはまるのだけは免れた葉柱が、
ぷいっと背を向け歩きだす御主に慌て、
そんな声をかけつつ後を追えば、

 「あぁ? こちとら昼のうちに寝過ぎてんだよ。」

誰かさんも来ねぇから暇だったなんてことは口が裂けても言わないが。

 「……………。」

途端に話の継ぎ穂を失ったものか、
言葉を飲んでしまう純朴さが伝わってくる。
さっきむっかりした“野暮”とは異なる感触がして、
こっちは嫌いじゃあないなとの苦笑に口元がゆるみ、
ひたりと足が止まった蛭魔だったのへ、

 「??」

戸惑うように向こうも立ち止まったので。
今度はやれやれという吐息をついてから、
細い肩越しに振り返り、

 「まさか、晩も寄らねぇつもりだったのか?」

そんな一言、放ってやれば、
滅相もございませんという心のうちをくっきり書きたいような勢いで、
ぶんぶんぶんと首を振り、
数歩分あった間合いを急ぎ足で詰めて来る大きな陰に覆われて。
土のうえ、ちょっぴり尖っていた術師殿の細い陰は、
もはや月光にも覗けぬ存在となりにけり……。






  〜Fine〜  12.08.21.


  *しまった、背景の月が三日月じゃない。(笑)

  *陽が落ちると多少はしのげる風や気温になって来ましたね。
   そろそろ草むらから虫の声も聞こえ出すはずで、
   そんでも暑さが多少は響いたか、
   何の虫だか判らん囀りだったがななんて、
   朝餉の席でこぼしたりしたら、

   「え? もう鳴いておりましたか?」
   「むいむい?」

   どこででしょうか、聞きたいなぁ。
   くうも、くうも聞きたいvv

   …なんて聞かれて、
   静かな夕涼みの穴場の場所を教える羽目になるから、
   要注意だぞ、おやかま様。

   「余計な世話だよっ

   だって、ねぇ?(と言いたくなる
おまけはこちら。)


ご感想はこちらへvv


戻る